2026.03.26
少しだけ、ずれた春
ブログニュースを見ると、全国各地で桜が咲いているようですね。火曜日のkouseiさんの休みの日に本当は新宿御苑へ行く予定でした。ところが、当日になって「御苑の桜はまだ咲いていないようだよ。」ということで、その日の花見を来週に延期したのですが、ネットニュースに新宿御苑の桜の様子が映し出されていて、綺麗に咲いていたので行けばよかったのです。
翌日から雨予報が続き、来週火曜日も雨予報・・・来週あたりはソメイヨシノが満開になりそうなので、再来週の火曜日まで見ごろだと嬉しいな。
こういう小さなすれ違いのような出来事に触れると、自然のタイミングと自分の予定をぴったり合わせることの難しさを感じます。ほんの数日、あるいは一日の違いで景色は大きく変わってしまうのに、その瞬間を事前に正確に掴むことはなかなかできないものですね。
それでも、だからこそ桜は特別なのかもしれません。思い通りにいかないからこそ、偶然出会えた満開の景色に心が動くし、少し早かったり遅かったりした経験さえも、あとから振り返ると心に残っていきます。
もしかすると「行けばよかったな」という気持ちも、満開の桜を見ることとは別のかたちで、春の記憶をやわらかくしてくれているのかもしれません。
来週も雨予報となると、つい空を気にしてしまいますが、こういう時に無理に予定を合わせようとするよりも、そのときの流れに任せてみるのも一つの過ごし方なのだと思います。晴れたら外へ、雨なら雨の静けさを味わうように、どちらに転んでも季節を感じられる余白を持っておくと、不思議と気持ちが軽くなります。
再来週の火曜日、もしちょうどいいタイミングで桜が残っていてくれたら、それはきっと少し遅れてきた分だけ、より深く味わえる景色になるはずですし、たとえ見頃を過ぎていたとしても、散り際の桜にはまた別の美しさがあります。
そう考えると、桜を見るという出来事そのものよりも、その時々で感じたことや過ごし方のほうが、静かに心に残っていくのかもしれませんね。



