2025.07.22
顔に宿る、心の余白
ブログボイストレーニングの後、友人たちとランチをしていた時のこと。ふと話題にのぼったのは、「表情は表情筋から作られるものだから、日頃どんなふうに生きているかが、そのまま顔に現れるよね」という話でした。なるほどと頷きながら、過去のある出来事を思い出しました。
息子がまだ幼かった頃、「ママが怒ると怖い」と言われたことがあります。何が怖いのか尋ねてみると、「口が曲がってて、顔が怖い」と。思わず笑ってしまいましたが、同時にハッとしたのも事実です。怒っているときの自分の顔なんて、意識したこともありませんでしたから。
その一言をきっかけに、話すときの口の動きが気になるようになり、発声への興味が生まれ、それが今続けているボイストレーニングに繋がっています。ふとした気づきが、新たな意識の扉を開けることがあるのだと、あらためて感じます。
私たちはつい、怒っていたり、落ち込んでいたりするとき、自分の顔を鏡で見ることを避けがちです。でも、そんなときこそ、自分の表情に目を向けてみる価値があるのかもしれません。表情は、心の状態を静かに映す鏡のようなもの。無意識に刻まれるクセは、日々の積み重ねでできていくのです。
それに、誰かから何かを指摘されたときも、落ち込む必要はありません。そこには、自分を見直すきっかけが含まれていることがあるからです。私も、あの時の息子の言葉がなければ、きっと今も無自覚なままだったはず。あの一言には、心から感謝しています。
そんな話の流れで、友人が「毒舌だけど付き合いのある年上女性」のことを話してくれました。写真を見せてもらうと、確かに表情がきつく、思わず「毒、吐きそう…」と漏らした友人の言葉に場が和みましたが、それと同時に、人の印象というのは、言葉だけでなく表情にもにじみ出るのだと感じました。
冗談のつもりでも、言葉は受け取る相手によって大きな影響を与えることがあります。とくに、年齢を重ねるごとに、無意識の表情がその人の“印象”として固定されやすくなるのかもしれません。
だからこそ、どんな時でも心をまっすぐに保つこと。それが、自分自身を丁寧に扱い、まわりとの関係も穏やかに育てていくことにつながっていくように思います。



